傷未満、ため息以上みたいな折り合いのつかない感情が。
「まぁ、なんだかんだやってきたし、いろいろあったけど、あとはもう働いて死ぬだけだな。」が最近の口癖だ。
もちろんポジティブかつ楽観的なニュアンスである。毎日が平穏そのものだな、なんて時間を消費してたら、忘れた頃に人生は前触れなく痛みを差し出してきたりする。
思わぬ角度でやるせなさを感じるようなことが、いくつ歳を重ねていようが普通に起こる。がっかりしたり、大事にされなかったと勝手に辛くなったり、この先も変わらないと思っていたのに、そうじゃなかった現実に虚無を感じる。
ただ大人なので、いちいち騒いだり怒ったりはもうしない。
そして、ざらっとした感情がなんでもない日のふとしたタイミングで蘇る。
やり場のない気持ちと混ざる身体は、たまに動きがぎこちない。
ぎこちなく動きながらどこか遠くを見て物思いに耽る自分は、他人から見たらなんとも切なげに見えるのではないだろうか、なんてめちゃくちゃ無駄な思考をしたあと、一連の辛さを一旦追いやる。
こんな気持ちも、数日したらたぶん忘れる。
残りの人生をかけて刻むほどではないし、でも、たった一日で水に流せるようなものでもない。
傷未満、ため息以上みたいな折り合いのつかない感情が、なんだかんだいちばん面倒だ。
慰めパーティーも必要ないし、友人に電話して徹夜で聞いてもらうような話でもない。
そこまでの物語は、この断片には含まれない。
微妙な断片をいくつも見送りながら前触れなく訪れる、痛みや驚き、喜びの断片をやり過ごし、手探りでこの先へ向かっていくのだろう。
私たちは、たった一週間さきのことだってわからない。
正しい生き方なんてもっとわからない。
たぶん、あれはなんでもない違和感だった。
気づけばもう忘れて引きずるようなものでもなかった。
特別悲しかったわけでもない。
明日も普通にご飯を食べて、頭は仕事でいっぱいになるだろう。ただ、あの瞬間少し立ち止まった。一瞬、世界がわずかにズレて見えた。
その違和感もそのままやり過ごした。たぶんそういうものだと思うから。
hana
すでに登録済みの方は こちら